群青の歌詞に共感

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群青

出勤の時にYOASOBIの「群青」を必ず聞いています。
今年に入って色々チャレンジすることが増えて、日ごとこの歌詞に共感できるなと感じていて、大声で歌いながら通勤しています。車通勤ですよ。
今日はこの「群青」の歌詞と私が過去や現在頑張っている事などから共感する部分をお伝えします。

光陰矢の如し

嗚呼、いつもの様に過ぎる日々にあくびが出る
どこか虚しいようなそんな気持ち
つまらないなでもそれでいい
そんなもんさこれでいい

光陰矢の如し
小学生の頃へぇと思っていたことわざでしたが、今となっては実感できる言葉になっています。基本的に感動や抑揚のない毎日が過ぎていきます。抗うことは到底無理です。
夢や目標を見失い、或いは自分で蓋をしてしまったことにより平凡な毎日は訪れてきます。
私が言えることは、そうしたつまらない退屈な日々があったからこそ、今を頑張れている気がします。

否定は肯定の始まり

好きなものを好きだと言う
怖くて仕方ないけど

好きと人に言った時から好きが加速していく。言えば言うほどどんどん好きになっていく。
好きなものを好きだと言うことを怖がらなくていいと思います。それを否定する人がいて当然だし、評価されることはその存在の肯定です。否定する行為は「それ自体が破綻している」といって過言ではありません。
好きなものを伝えた時の反応で最もつらいことは、「無関心」なことです。

欲しい物は手に入らない。

嗚呼、手を伸ばせば伸ばすほどに遠くへゆく
思うようにいかない、今日もまた慌ただしくもがいてる

欲しい物は手に入らない。手に入らないから欲しくなる。
自分にとって必要なものしか手に入らない。
自分に必要な物は自然に手に入る。向こうからやってくる。
問題は、自分にふさわしい問題しか起こらない。
セルフイメージを明確にもつ大切さ。今の自分が一番気持ちいい。
変わりたい自分と変わりたくない自分が同時に存在している。らしいですよ。

涙が出るほど

悔しい気持ちもただ情けなくて涙が出る
踏み込むほど苦しくなる痛くもなる

涙が出るほど頑張れることってそうそうないですよね。
そんなことに出会えたことに感謝したいですね。
高校時代私はサッカー部でしたが、あまりうまくもなれず好きにもなれず補欠でちょくちょくサボっていました。先輩の引退が決まった試合の後みんな泣いていましたが、私は全く悲しくありませんでした。また顧問の手違いで自分達の最後の大会が出れなくなり引退が早くなったことも逆にうれしく思っていました。
今思うとこんなさみしくつまらない部活の経験は、もったいなかったなと思います。もっと好きになれるように努力するかもしくは他の部活に変更すればよかったと後悔しています。
もし高校時代に戻れるなら、涼宮ハルヒのように全部の部活を体験するとか自分で部活を作っているでしょう。間違いなく。

好きすぎて嫌いになる。

好きなことを続けること
それは「楽しい」だけじゃない
本当にできる?不安になるけど

好きすぎて嫌いになる。よくあることですよね。
私は特にゲームが好きですが、高難易度のステージなどを攻略するとき人生の中でもこれ以上にない位真剣になっています。攻略に失敗したときはもちろん腹が立ちます。どれ位腹が立つかといいますと壁に穴が開くほどです(笑)。スマホは壊したことはありませんが地味に曲がったりしたこともありました。
もし仮に好きなゲームのエンドコンテンツが攻略出来ないなら,できても増えないなら、そのゲームを続ける意味はなくなってきます。好きが飽きに変わっていくからです。
『好きなことを続ける』とは飽きなくするような工夫であったりモチベーションを保つ工夫が必要で、これができる方は『人生の達人』であると私は思います。

間違ったままの練習を繰り返さない

何枚でもほら何枚でも
自信がないから描いてきたんだよ
何回でもほら何回でも
積み上げてきたことが武器になる

ここの歌詞に関しては、ひとつアドバイスがあります。
失敗の練習をどれだけしても成功にはならないから成功の練習をたくさんした方がいい、ということです。
「失敗は成功のもと」これは確かにそうなのですが、これは精神色が強く技術的なことに関していえば失敗は成功のもとにならないです。簡単に言えば成功している人のまねをする、もしくは教えてもらう、素直に謙虚にです。
どんな仕事でも盗む技術や教えてもらう癖があった方が上達が早くより上手になります。
ゴルフの打ちっ放しで例えると、スライスになってしまう人がどれだけ練習してもスライスの練習でしかならない、とか、カラオケだと音痴の人が一人で練習しててもずっと音痴のまま練習している、ということが言えます。

向き合う覚悟はありますか?

感じたことない気持ち知らずにいた想い
あの日踏み出して初めて感じたこの痛みも全部
好きなものと向き合うことで触れたまだ小さな光
大丈夫、行こう、あとは楽しむだけだ

本気になり真剣に向き合ってわかることがあります。
私は過去にダーツのプロを目指した事があります。(好きになるとプロになりたくなる傾向にあります。)最初は狙った所にダーツが刺さるのが気持ちよかったり、友達と遊ぶのが楽しかったり只それだけです。それが普通です。
ある時好き具合をこじらせてこれでメシを食べれるようになればいいなと思うようになります。これが私のプロになりたいおおよその理由です。
プロを目指すことでわかることは、プロになるのは差ほど難しくないケースが多いことです。これは意外に感じるかもしれませんがよくあることです。
重要なことは『プロになって稼ぐということがどれ位難しいか』ということを知ることだと思います。この事実を知った瞬間に挫折を味わうかまたは徐々にモチベーションが下がってしまいます。
この事実・現実と向き合い夢を目標に変えて楽しむことを続けられた人がプロになり活躍されている方達だと思います。

 

いかがでしたでしょうか?
皆さんにとって共感できるところや反論したいところがありましたらコメントを頂けると幸いです。
是非お聞かせください。

 

 

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